文化財修理報告書  新潟県長岡市指定文化財
持国天像と邪鬼 本体3尺 鎌倉時代   桧材 寄せ木作り     寛益寺蔵

持国天像概要と状態

○頭部は顔面の耳前1.5cmの位置で割り剥ぎ、首の位置に鋸の切目で割止め。
○胴体上半身、横から見て三列の剥ぎ。 前面と背面その間に肩から腰にかけて二つの部材を上下で接がれ挟み込まれている、正面から見て左側腰から足までが剥がれている。正面から見て右側腰より下までが剥がれている。大きく分けて頭部、両腕胴体前後、両サイド、7つのブロックに分けられるが両腕、右足は多くの小さな部材で剥がれている。
○内繰りは頭部、胴体より膝下までおよぶがその厚みは一定でなく厚い所は5センチ薄い所は1センチに満たない。腕の繰りは無い。
○足下駄は右足の1本。邪鬼の下駄穴とサイズが全く合っていない。
○材は桧で心に近い部分で作られており脂が多く重い、木の強度は強く時間の経過による劣化はあるものの極めて丈夫である。
○縮み、歪みと反りがひどく隙間が多い。
○虫食い穴は足元に数個。
○角釘は溶けて変形していた。丸釘は多い。
○二度の大きな破壊があったことが分かる、一度目は作られて間も無く、二度目は廃仏棄釈である。接着面に盛り上げた膠と漆が混在し少量の部分の漆と丸釘で形状を保っていた。隙間が大きいため漆の接着効果はあまり無い。割れと欠損部分が非常に多く特に剥ぎ面に多い、打ち壊しを物語る。一度目の修理において完全な修理がなされておらず応急修理であった。割れ部分を切取らて復元の無いまま接続されている部分が肩周辺から腕と手に多い。右手は極めて小さく他の像の代用の可能性がある。邪鬼のサイズと像本体のサイズが合っていない、本体に対して邪鬼は大きすぎる。邪鬼の背中の左足の踏み位置が約6センチのずれを確認できる、この邪鬼に別の像が乗っていた形跡がある。この持国天像のための邪鬼ではない。
○この像と広目天像の状態と前回報告書の多聞天像の腕の代用から原因は不明であるが鎌倉時代から室町時代にかけて大きな破壊があったことが分かる。(昭和27年の土砂災害において修理された像は十二神将だけである)
○顎に残る漆下地の金箔は制作時当初のものと思うが極彩色の像であったのだろう。

修理材料
○桧 生漆 膠 エポキシボンド 顔料 アクリル溶液 竹釘 木粉 杜の粉
修理方法
○現状を維持する解体修理
○隙間の修正は全て桧で行った。欠損部分のたいはんは桧で行ったが漆木屎の使用も少々あった。
○剥ぎ部分は大きな破損を免れるための逃がしの接着ではなく接着面、全て隙間の無い接着をした。一木作りと同等の強度を求めるため。
○胴体わき腹付近の剥ぎ面の補強を漆木屎で行った(内繰りの部分で)。
○釘穴を含む割れと重要欠損部分、特に剥ぎ面周辺の欠損は桧材を漆で接着。腕、足先、と大きな剥ぎ合わせ部分は角臍を設けた。破損に至らない欠損部分において復元修理はしなかったが天衣の付根欠損部分は復元した。
○広目天の天衣と持国天の天衣を交換。
○ネジレと反り、縮みによる隙間の修正(剥ぎ部分全て)。
○右腕の袖ぐりと肘、左手首の角度修正。
○首と首穴の隙間の修正(桧の薄板を張り合わせた)。
○足下駄は添え木による本体の揺れ止め。
○両腕、両手首、胴体前後、両脇、足先は膠にて接着それぞれ臍を設けた。
○表面木地処理(漆木屎を削る)は刀で行う、サンドペーパーの使用はない。(修理時の刀の切れは1分ともたない。ここだけの話、オーバーロックミシンの刃、安いです。切れます。)
○アクリル樹脂と漆による表面補強。(表面の色が元の色より濃くなってしまった。)
○歴史を感じさせる表面の劣化 状態を変えぬようまた修理前の在るがままの姿を出来る限り残すよう仕上げの古色彩色は修理部分にとどめる。
○邪鬼の両足離脱の修理は角臍と膠で接続、隙間は漆木屎。裏面漆補強。
○邪鬼のがたつき止めは薄板を添え、丸臍3本での固定。(接着剤の使用はない)

お寺様への仏像拝観時にはお心ずかいよろしくお願いいたします。  伊谷


修理完了

修理完了

修理完了

右足膝部材は大きく反っていたので補足材を挿むことによって剥ぎ面上部の表面が盛上がってしまった。
撮影時脇が外れてしまった
右脇、欠損部分は復元。



肩(首の差込部分が見えている)部分、腕を支える部分にしては小さい

打壊しの祭割れた背中は漆で接着。
腰から脇にかけて大きな割れ(両脇)。
廃仏棄釈の時の破壊によるものでしょう。



袖の接続面。腕を支える部分は漆とエポキシボンド7対3で接着


剥ぎ面の縮み修正と密着のための調整。
三個所の隙間を無くし完全な一体化をはかる。
一度では決めない日を置いて幾度もチェックする。
この作業の出来上がりは全ての作業の中で一番充実感の得られる時。
鉋の状態で決まる。

後(背側) 剥ぎ面は完全に隙間をなくす。

腕が重いので念には念を。

隙間の補修 収縮と破壊による剥ぎ面の傷みは全ての剥ぎ面に及ぶ。過去よりの修理の中で欠損部分が一番多かった。傷みの激しい仏像の修理はやりがいがあり、気合の高まりは大きい。
業務ではなく、ライフワークですね。

大きな節穴。
破壊による剥ぎ面の割れ多い。
臍を接着剤で接続する事は強度を増すこともあるが作業工程上(都合)のためと圧着時のずれ止めで穴に接着剤は使わない(圧着は余分な膠を押し出すため)
この像の解体修理はもう無いと思う。

(以前解体修理時、釜茹で膠を溶かそうとしたが30分以上、茹でたが解体出来ない台座で難儀したことがあったが、接続面が優れていた。)

左大腿部
打壊しの跡

割れの補強の添え木

隙間の修正  裏面はアクリル樹脂と漆で防虫。

右腕 割れ部分を切捨てられそのまま接続されていた間接部分を復元。


両腕はあと6〜7つに分かれる
左腕、後方より撮影

左腕

左大腿部
打壊しの跡

欠損部分の補足

顔の頬に漆下地に金箔がある

胴体との隙間をなくした。
後の修復の補足材はそのまま使用。
接着は臍を設け膠で行った。
薄い茶色の部分は膠,
黒いのは錆漆
錆漆での接着失敗例。
修理完了
広目天像との比較

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